第4回:笑顔の裏で、私は壊れていった。

過去の職場体験記

第4回:壊れていることに気づかないふりをして

朝、家を出るとき、私は鏡の前で笑顔を作っていた。

「今日も頑張ってこよう」

そう自分に言い聞かせて、深呼吸をしてドアを開ける。

――でも本当は、ドアを開けたくなかった。

職場に行くのが怖かった。

自宅の近くの支店での勤務が始まって、最初の数か月はまだ平穏だった。

あのOさんが同じ職場にいるとはいえ、最初はお互いに一定の距離を保っていたし、仕事に集中することで、自分を保っていた。

でも、いつからだろう。

Oさんの態度が徐々に変わっていったのは。

「あなたにはまだこの仕事、難しいよね?」

「ちょっと黙ってくれる?今集中してるから」

言葉の端々にトゲが混じるようになり、ちょっとした報告も「それ、前に言った?」と詰められる。

他の人がいる前で、わざと小声で文句を言われる。

聞こえるか聞こえないかの声で、「本当に使えないんだから」って。

私は笑ってやり過ごした。

笑うしかなかった。

泣いたら負けだと思っていた。

でも、声が出なくなっていった。

人前で話すと、口が震える。

言いたい言葉が喉につっかえて、うまく話せなくなった。

吃音(きつおん)だった。

電話応対が怖くなった。

上司に報告するのも、心臓がバクバクして、声がかすれてしまう。

「どうしたの?ちゃんと話して」と言われても、口が動かなかった。

それでも、Oさんは止まらなかった。

「報告もできないなんて社会人失格よ」

「電話も出れないなら帰ったら?」

誰も助けてくれなかった。

見て見ぬふりをする人ばかりだった。

私はただ、自分がダメなんだと思い込んで、

「頑張らなきゃ」と心の中で叫んでいた。

朝、駅に着くたびに、体が動かなくなる日が増えていった。

会社のビルが見えると、吐き気がする。

涙が出る。

でも、引き返せない。

家族のために、頑張らなきゃって思っていたから。

家に帰れば、子どもが「おかえり」と言ってくれる。

夫が「お疲れ様」と言ってくれる。

だから、私がしっかりしなきゃって思っていた。

でも――本当はもう限界だった。

「私、間違ってたのかな」

そんな言葉が頭の中を何度も何度もよぎる。

けれど、ここで終わらせたくなかった。

「負けたくない」

その気持ちだけで、私は次の日も笑顔を作って出かけていた。

壊れていることに、気づかないふりをして。

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