「かねさやさん、良い人だから、一緒に働きたい」
その言葉を聞いた時、私は驚きとともに、胸がじんわり温かくなるのを感じていた。
当時、私はヤクルト配達員として働いていた。
2人目の子どもが1歳になった頃、家庭の都合や生活のリズムを考えて、外で働くことに決めたのだ。配達は体力的に大変な部分もあったけれど、人と接するのが好きだった私は、決して嫌いな仕事ではなかった。
その中で、ある会社に定期的に伺っていた。
そこの事務員さんが、Oさん。はじめは普通に挨拶を交わす程度の関係だったけれど、毎週顔を合わせるうちに、ちょっとした世間話や子育ての話をするようになっていった。
そしてある日、彼女が言ってくれたのが、あの言葉だった。
「かねさやさん、感じが良いし、まじめだし、うちの会社で一緒に働けたらいいのにって、ずっと思ってたの」
私は驚いた。
それまで自分の働きぶりに特別な自信があったわけではないし、子育てと家事に追われる毎日で、「誰かに必要とされる存在」なんて感じたことがなかった。
でも、そんな風に言ってもらえたことが、とても嬉しかった。
「この人は私を見てくれている」と、心が少し救われた気がした。
その時は結局、話は流れてしまった。
すでにその会社には事務員が2人いて、欠員が出る予定もなかったからだ。
私はそのまま、ヤクルトの仕事を辞め、別の税理士事務所でパート勤務を始めた。
そこでの仕事は淡々としていて、特に誰かと深く関わるような環境ではなかったけれど、それはそれで気楽な面もあった。
そんなある日。
Oさんから、突然連絡が来た。
「相方の事務員が結婚で退職するの。もしまだ興味があったら、会社の試験を受けてみない?」
びっくりした。正直、もうそんな話は無いと思っていたから。
でも私はすぐに、心のどこかがざわついた。
「上場企業に入れるチャンスなんて、今後あるだろうか?」
「これは、あの時流れてしまった縁が、もう一度戻ってきたのでは?」
税理士事務所のパートも悪くはなかったけれど、正直、将来への不安はあった。
子どもたちの成長、教育費、生活の安定。
「ちゃんとした会社で働けたら、何かが変わるかもしれない」
そんな期待もあった。
何より、「私を必要としてくれる人がいる」という思いが、私の背中を強く押してくれた。
そして、私は試験を受け、無事に合格。
いよいよ、上場企業での勤務が始まった。
……でも。
この時の私は、まだ知らなかった。
この選択が、自分にとって「地獄の8年間」の始まりになるなんて。
👉【次回予告】
笑顔で迎えてくれたOさん。
でも、入社して間もなく、「あの人とは関わらないほうがいいよ」という忠告をされる。
その言葉の裏にある、Oさんの本当の顔とは——?
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